有人宇宙システムの構築に向けて (3)ロケットとアボートシステム [宙の会]

第3回来てました。

通常の飛行経路では、1段燃焼中に180km程度の高度に達してしまうため、1段燃焼の途中でピッチ角を下げて100km程度を飛行するようにします。その後、1/2段分離前にピッチ角を増して高度を一時的に上げます。これは、H-IIBあるいは相似のロケットの構成では2段の推力が低いため、2段燃焼初期に高度が急激に失われることを補償しておくためです。それでも2段燃焼初期には最大で45°以上の非常に大きな迎角を取る必要がありますが、大体の領域において、高度120km程度を維持するように飛行させることが可能です。

このことからも、ロケットの飛行高度をいたずらに下げることを目指すよりも、カプセルを揚力飛行させた方が、ずっと効果が大きく、一連のレポートで提案している「次世代型再突入カプセル」として、緊急時に弾道飛行に頼らない機体によって重力環境を改善する方が、乗員の重力環境を緩和するために効率的であることが判ります。

H-IIBだと有人打ち上げプロファイルはこんな感じになるらしい。スペック的には必要十分なようです。

H-IIBを代表とする固体ブースタ付のロケットでは、打上げ時の「不着火」の可能性が懸念されます(ただ、液体ロケットエンジンでも「突然の推力低下」という一般的な故障モードがあるので、推力の不均衡は必ずしも固体ロケットエンジンだけで懸念すべき事象とは考えていません)。しかし、4本SRB-Aを持つH-IIB、あるいは相似のロケットでは、不着火時にも合計推力が総重量を上回り、そのまま離床できるため、安全に対応できる、と私は考えています。理由は以下の通りです。

  • 着火/不着火の故障判定基準が明確であり、迅速な検知が容易。故障対応で最も難しいことは確実な検知だが、固体ロケットの不着火事象は検知が容易で迅速な対応を取り易い。
  • 中途半端な故障ケースがなく、不着火後のロケット挙動(パッドドリフトなど)のシミュレーション条件を容易に設定できる。これにより、不着火時の状況を把握し易く、地上設備などの対応が取り易い。
  • 固体ロケットの不着火自体の可能性が非常に低く、更に他の機器の故障が重なって起こる可能性は無視できるほど低い。従って、故障の組み合わせによって状態が更に悪化することがない。

1本だけ不着火なんてことになると物凄くバランスの悪い状態で離床してしまいそうですが、アボートする分にはもってこいのようです。逆に1本だけ点火だとその場でひっくり返っちゃいそうですけど。こういう場合、宇宙船の安全性は良いとして射点設備が吹っ飛んじゃいそうです。


次は、固体ブースター燃焼時のアボートに問題はないかどうかという話。

上記の通り、動圧最大時付近における分離が、アボートシステムにとって最も条件が厳しくなります。また、アボートタワーで脱出するような状況は、殆どの領域で空力が支配的なため、姿勢の擾乱が急激に拡大します。このような状況では、アボートが決まったら真っ先にアボートタワーのメインモータを作動させて分離を急ぐ(=姿勢が乱れる前に分離する)必要があるため、ロケット側のエンジン停止信号と同時にアボートタワーのメインモータの着火信号を送ることになります。従って、アボートシステムがロケットを離れた時点でロケットのエンジンはまだ停止しておらず(大型エンジンの停止には時間がかかるため、停止シーケンスの途中である)、ロケットのエンジンが停止できる/停止できないは、アボートシステムの分離挙動自体には影響しません。

また、上記に示した結果を見て判るように、ほぼ似たような断面積を持つアボートシステムとロケットでは、重量の差が非常に大きいため、弾道係数が大きく異なります。結果、アボートシステムがアボートタワーのメインモータによって一旦分離した後、両者は急速に再接近します。衝突までの時間を遅らせ、その間にアボートタワーの飛行経路を変えるためには、ロケット側で止められるエンジンは停止させた方が良いですが、上記の通り、再衝突までの時間に対して支配的なのは空力抵抗なので(ピーク時でエンジン加速度の5〜6倍)、停止できないエンジンを持っていることは再衝突解析においても支配的なパラメータとはなりません。

条件的にはあまり変わらんという見解のようです。

まとめると以下の通りです。

  • 動圧が高い状況では一刻も早くアボートする必要があり、分離時のアボートシステムの挙動にロケットのエンジン停止は寄与しない。また、動圧に打ち勝つために、アボートタワーのメインモータに十分な推力を必要とする。
  • 動圧が低い状況では分離のためにアボートタワーの大推力は必要ないが、分離のためにロケット側のエンジンをカットオフする必要がある。ただ、空力が影響しないので、時間的には動圧が高い状態ほどの緊急性を有しない。

実は、まさしくこの要求に沿ったものが、米国で開発が進んでいる有人打上げ専用のAres-Iロケットです。Ares-Iでは1段を固体モータ、2段を液体エンジンとなっており、アボートタワーの分離シーケンスが2段エンジンが作動開始後になっていることに注目する必要があります。上記の理論で言えば、アボートタワーを固体モータの作動期間中に分離しないことによって、全領域でアボートに支障しない構成としています。

一方、H-IIB、あるいは相似のロケットではアボートタワーの分離は1段の燃焼途中ですが、SRBは既に作動を終えて分離された後であるため、同様にアボートシステムの作動には支障を来たしません。

結論として、現在のH-IIBで使われている固体ロケットと液体ロケットの組み合わせ形態は、アボートの面からは問題ないと考えられます。

アボートタワーによる脱出、サービスモジュールによる脱出共に対応できるらしい。

射点からアボートする場合、高度と同時に水平方向にも十分遠く飛んで、射点でのロケットの爆発(想定される最悪ケース)による火球の熱放射と爆風から逃れなければなりません。アボートシステムのメインエンジンは約3秒しか噴射しないため、水平方向の速度成分を持つためには、メインエンジン噴射中にピッチモータを噴射させてアボートシステムの姿勢を変え、メインエンジンの噴射ベクトルを曲げる必要があります。下図ではピッチモータの推力をパラメータとしたシミュレート結果ですが、ピッチモータの推力を適切に選べば、射点から1kmほど遠くへ飛ぶことが判ります。

これでも着水点における、帰還モジュールへの火球の熱放射と爆風レベルは、現在使われている地上設備の安全要求よりも大きな値となりますが、帰還モジュール本体は再突入の熱に耐える防護材でカバーされており、高い動圧にも耐える構造となっていますから、全く問題ないレベルです。

ただ、唯一、パラシュートは熱と爆風に弱いので、開傘後に爆風が与える影響について詳細評価が必要になると思います。

これは上のSRB-A不着火のケースにも通じる所ですね。