「軍命令は創作」初証言 渡嘉敷島集団自決 元琉球政府の照屋昇雄さん [iza!]

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照屋さんは、昭和20年代後半から琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員を務めた。当時、援護法に基づく年金や弔慰金の支給対象者を調べるため、渡嘉敷島で聞き取りを実施。この際、琉球政府関係者や渡嘉敷村村長、日本政府南方連絡事務所の担当者らで、集団自決の犠牲者らに援護法を適用する方法を検討したという。
同法は、軍人や軍属ではない一般住民は適用外となっていたため、軍命令で行動していたことにして「準軍属」扱いとする案が浮上。村長らが、終戦時に海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長として島にいた赤松嘉次元大尉(故人)に連絡し、「命令を出したことにしてほしい」と依頼、同意を得たという。
照屋さんらは、赤松元大尉が住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出。これにより集団自決の犠牲者は準軍属とみなされ、遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったという。
照屋さんは「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」と話している。

ただ、よく話した、と。
まあ今更、受給した人や嘘をお願いした人を責めるようなものではないでしょう。 この赤松さんはおそらく非難されつづけるだろう事を承知して引き受けたんでしょうし、命令の有無に関わらず沖縄戦が悲惨な状況であった事に変わりはありません。 ただ、赤松さんがこれ以上プロパガンダに利用され続けることはもはやあるべきではないでしょう。