帰還開始にあたって補足 [松浦晋也のL/D]

現在、Dエンジンはもちろん、ややおかしくなりかけているBエンジンも、動作は安定しており、連続運転をしても問題を起こすことはほとんどないという。これは帰還成功に向けての明るい側面だ。

一方、今後、はやぶさが帰ってくるか、それとも帰還不可能となりミッションを終了するか、そのどちらかの結果を迎えるまで、運用チームには常以上の負担がかかることになる。

しかし、イオンエンジンを搭載した「はやぶさ」の運用は違う。常にイオンエンジンは稼働しており、探査機を加速している。だから、探査機の軌道は常に変化しており、もしも軌道がずれてしまえば、ミッションの遂行は困難になる。
特に現状の「はやぶさ」は、化学推進剤のスラスターも使えず、ホイールは1基のみが動いている。姿勢制御が難しくなっているわけだ。探査機の姿勢が崩れれば、イオンエンジンの噴射方向が狂い、軌道に影響がでる。
だから衛星の姿勢についても毎回の運用で調べ、地上から対応して行かなくてはならない。

姿勢が定まらないために、高速のハイゲイン・アンテナによる通信は使えない。32bpsで通信できるミディアム・ゲイン・アンテナは姿勢によっては使えなくなる。探査機の姿勢は、あくまで太陽電池パドルに当たる太陽光の方向、そしてイオンエンジンの噴射方向が優先される。

従って最悪の場合、8bpsの速度しか出ないローゲインアンテナで通信を行うことになる。それで、イオンエンジンの状態や姿勢を調べ、対策を立て、コマンドを送信しなくてはならない。8kbpsではない。8bps、1秒に8ビットだ。

これは運用チームに多大な負荷をかける事態だ。これから最長で3年、運用チームは土日祝日関係なく、毎日気の遠くなるような低ビット通信で「はやぶさ」と格闘しなくてはならない。

電圧上昇の見られたイオンエンジンBスラスタも当面の動作安定は確保できているようです。 ただし心配されるのは「はやぶさ」だけではなく数少ない運用スタッフの体力。 これからの3年間が常にクリティカルな状況となりそうです。