森田泰弘 新型ロケットで実現する世界初のモバイル管制 [JAXA]

イプシロンロケットに関するインタビュー。

2013年度の初号機の打ち上げ費用を試算すると約38億円です。これは、M–Vロケットの75億円に比べるとおよそ半分です。また、地球周回低軌道に衛星を投入する場合、イプシロンロケットの打ち上げ能力は1200kgで、M–Vロケットの1600kgに比べると約3分の2の能力です。値段は半分になっても、能力的にはM–Vロケットの3分の2を維持していますので、3割ほどコストパフォーマンスが上がっていると言えるでしょう。
しかし、この金額ではまだ高く、年に数回打ち上げることは難しいと思いますので、第2段階として、30億円以下の機体を2017年度に打ち上げようと考えています。2013年に1号機を打ち上げて、その後は1年に1機ずつしっかり打ち上げていきたいと思っていますので、2017年に打ち上げるのは4号機くらいになると思います。

さらにコストダウンを煮詰めていくようです。

Q. 作業を簡単にしすぎると雇用者が減りますので、宇宙産業メーカーは二の足を踏むのではないでしょうか?
確かに、難色を示すメーカーの方はいらっしゃいます。しかし、機械を小さく、人も少なくしていかなければ、これからの宇宙産業は生き残れないと私は思います。工場の製造設備を小さくすることによって、製品1個1個の利益が少なくなったとしても、生産数を増やせば、決して損にはならないと思うんです。そして、たくさん製品を作らないと儲からないというメーカーさんの要望と、衛星をたくさん打ち上げたいという私たち研究者の目的は、一致するのではないでしょうか。
ロケットの射場に大勢の人が集まって合宿生活を送り、数ヶ月かけて打ち上げに向けた整備作業を行うというのは、個人的にはキライではありません。それが楽しくてやっている部分もありました。しかし、この方法は、1960年代のアポロ計画の頃から全然発展していないんですよね。やはり、未来のロケットを考えたときに、飛行機のように頻繁に飛んで、帰ってくるというようなシステムにしなければならないと思うのです。

これは確かに折り合いが難しいところですよね。ただ世界的に見て小型ロケットの低コスト化が進む中ではその流れに逆らっては生きていけませんし、将来性に活路を見出すしか。

例えば、太陽観測衛星「ひので」の場合は、太陽同期軌道といって、地球を南北に回る軌道に打ち上げていますが、その時に重要だったのは、軌道の傾きの角度と、遠地点という地球から一番遠いところの高度の関係です。その2つのパラメータの相関関係だけをしっかり合わせるようにすれば、衛星を希望通りの軌道に投入することができるのです。
しかし、この方法は、衛星の開発者はロケットの性能を、また、ロケットの開発者は衛星の性能をよく知らないとできません。JAXA宇宙科学研究所の場合は、同じ建物にロケットの人と衛星の人がいますので、「ちょっと来て」と言って相談をすれば問題は解決しますが、イプシロンロケットは、ロケットのことを知らない大学の先生にも使ってもらいたいと思っています。そこで、イプシロンロケットの3段目に、M–Vロケットの姿勢を制御するのに使っていた小型の液体燃料エンジンを搭載します。これによって、液体燃料ロケット並みの精度で軌道投入ができます。このようにして宇宙へのアクセスがより簡単になると、もっと多くの方がロケットを使えるようになるでしょう。イプシロンロケットでは、宇宙への敷居をどんどん下げたいと思います。

広く開放するにあたってはツーカーでなくとも融通が利く必要があるので、上段に液体ロケットのクッションを挟む事で柔軟性を確保。

Q. イプシロンロケットの現在の開発状況を教えてください。

2013年度の初号機の打ち上げに向けて、設計作業の最終的な詰めを行っています。一方、ハードウェア的には、自律点検やモバイル管制ができるかどうかを、実物に近いひな形を作ってひとつひとつ確認しています。これを「要素試験」と呼んでいますが、2台のパソコンでロケットの管制と自律点検ができるような仕組みが、実際のハードウェアで証明されました。現在はワークステーションになっていますが、いずれは、ノートパソコン1台でできるようにしたいと思っています。
また、圧力釜を必要としない製法によるロケットのモーターケースについては、炭素繊維の材料を使って小さなモーターケースを試作し、試験を行っています。これまでよりも軽く、丈夫にできるということが確認できましたので、来年度以降は、いよいよ実物大のモーターケースを作って試験を行う予定です。

モバイル管制のデモやモーターケース試作品の画像あり。徐々に形になってきてますね。モニタはXPのようにも見えます。

最初の頃は、学会等でイプシロンロケットのことを発表しても、「モバイル管制なんてできるわけがない」という意見がほとんどでした。しかし、昨年は、アメリカの航空宇宙専門誌「アビエーション・ウィーク&スペース・テクノロジー」が、イプシロンロケットを紹介してくれました。また、今年になって、2台のコンピュータでロケット管制を行う試験の写真が公開されると、これまでは、「夢のような冗談を言っている」と言って相手にしてくれなかったような人が、「本当に実現しちゃうかもしれない」と、多少は見る目が変わってきたように思います。
そして、周囲からの心配はともかく、一緒にロケットを開発している仲間たちの自信が何より大事だと思いますが、開発が始まってからのこの3年間で、みんなの気持ちがひとつになってきたことを実感します。3年前は、開発している人の中にも、「本当にパソコン1台か2台で大丈夫なの?」と思っていた人がいましたが、最近は、「確かにそれで大丈夫だ」とみんなが自信を持ってやっています。

すいません正直自分もちょっとだけ「ホントにできるんだろうか」と思ってました! でもホントに出来ちゃうみたいですね。かなりワクテカしてきました。

ロケットの知能をさらに向上させて、飛行安全もロケットに任せようと考えています。ロケット自身が自らの軌道や状態を判断しながら飛び、異常だと思ったら自爆するというシステムです。そうすれば、高価な追尾レーダやアンテナは不要になり、地上設備もさらに簡易なものにできます。モバイル管制だけでなく、モバイルロケット追跡管制の実現も目指します。

これはもうほとんど自律飛行ですね。なんという高度化。