「事前通報」についてちょっと調べた

北朝鮮がミサイル発射を責められて「日本こそウチに通報した事ねーだろ」と逆切れした件について、国内の極々一部からも「日本こそ北朝鮮に通報してねーだろ」「国際法違反?どこが?」などといわんばかりの声が聞かれるので調べてみた。
長いので先に結論だけ書くと、北朝鮮が行なった、民間機に危険をもたらす無警告のミサイル発射実験は安全に関する各種国際法に違反しており、また日本おけるロケット打上げにおいてはこれに際しあらゆる手段で事前通知を行なっています。 詳細は以下。

内閣官房長官声明 [首相官邸]

我が国としては、北朝鮮による今回の弾道ミサイル又は飛翔体の発射は極めて憂慮すべきものであると考えている。 北朝鮮については、1998年8月にも我が国上空を通過するテポドン1を基礎とした弾道ミサイルの発射を行っており、今回、我が国を含む関係各国による事前の警告にもかかわらず発射を強行したことは、我が国の安全保障や国際社会の平和と安定、さらには大量破壊兵器の不拡散という観点から重大な問題であり、船舶・航空機の航行の安全に関する国際法上問題であると同時に、日朝平壌宣言にあるミサイル発射モラトリアムにも反する疑いが強い。 また、六者会合の共同声明とも相容れない。

つまり、無警告に飛翔物体を発射し周辺に危険をもたらした事、また各種条約・国際法に反する行為であるという批判です。


そしてまずこれは「事前通報」「国際法違反」についての報道。

【ミサイル発射】韓国の旅客機5機、上空付近通過していた [朝鮮日報]

北朝鮮は自国の漁船に対しては今月3日から出漁禁止命令を秘密裏に出していたがにも関わらず、周辺国には何の通告も出していなかった。航空機や船舶を危険にさらす行為は、国際民間航空機構(ICAO)や国際海事機構(IMO)に事前通告を義務付けているシカゴ条約やSOLAS条約海上における人命の安全のための国際条約)に違反する。

この記事は、韓国政府上層部が内密にミサイル発射情報を把握していたにもかかわらず一切の安全義務を怠った!けしからん!と韓国マスコミが批判しているものです。

こんな無法 通用しない [赤旗]

船舶の安全を管轄する国際水路機関(IHO)と国際海事機関(IMO)が一九九一年十一月に採択した決議「世界的航行警告サービス」の付属文書には、事前通報が「ふさわしい」事項の一つに、「ミサイル発射」を挙げています

また、国際民間航空条約(シカゴ条約)の付属書でも、「締約国が民間航空機の航行に危険を及ぼす恐れのある活動を行う際には、事前に関係国航空当局間で調整を行わなければならない」と規定しています。ミサイル発射が「危険を及ぼす行為」に該当するのは明白です。

北朝鮮はIHO・IMOの決議、シカゴ条約にも加盟しています。

これらは、それ自体としては法的拘束力を持たないとされていますが、国連海洋法条約は、軍事演習や兵器実験を行う際には「他の国の利益」に「妥当な考慮」を払わなければならないとしています。IHO・IMOの決議やシカゴ条約は、この規定を具体化するものとされています。

このため、事前通告は国際法上の義務として考えられており、通告しなければ国際法上の違反行為になります。

このように、シカゴ条約やIMO(国際海事機関)・IHO(国際水路機関)決議などの各種国際法により、船舶・航空機の安全に関する取り決めがなされているようです。 北朝鮮もこれらに参加しており、当然履行が求められます。
さて8年前、北朝鮮による「人工衛星打ち上げ」が物議を醸しましたが、その際も北朝鮮からは同様の逆切れがありました。 以下はそれに関する日本国外務省報道官の公式発言。 長いです。

報道官会見記録(平成10年9月) [外務省]

 (報道官)9月8日の自分(外報官)の会見に於いて、北朝鮮が打ち上げたのは人工衛星であった旨発表したことについての国際法上の問題点を指摘したことがあったが、その後、9月21日の国連総会の場に於いて「日本は今までに数多くの人工衛星を打ち上げながら、北朝鮮に対して一回も事前通報を行ったことはなかった」と北朝鮮は主張しているが、右主張は正当性を著しく欠いていると思うので、このことについて再度申し上げたい。
 そもそも我が国は、今般の北朝鮮によるミサイル発射に関し、たとえそれが人工衛星の打ち上げが目的であったとしても、事前通報なしに行われたことは、公海の自由を行使する他国の利益等に妥当な考慮を払ったものとは言い難い上に、国際民間航空条約(シカゴ条約)及び国際海事機関条約(IMO条約)の目的から見ても問題があるという立場を採っているし、右立場を再三表明してきた。
 先ず、我が国自身のことについて言及すれば、我が国の飛行情報区及び我が国が調整者となっている北朝鮮海域を含む我が国の近海航行警報区域(NAVAREA XI)において我が国が人工衛星やロケットの打ち上げを行う場合、国際民間航空機関(ICAO)条約及び国際海事機関(IMO)の定める手続に従って、この飛行情報区を飛行する航空機及びこの航行警報区域を航行する船舶に対し、これらの航空機や船舶の安全確保に関わる通報を行っている。我が国の飛行情報区、あるいは航行警報区域を航行する北朝鮮の航空機や船舶があれば、それら船舶や航空機に対しても当然右通報は行われる。
 また、我が国が他国の飛行情報区あるいは他国が調整者となっている航行警報区域に危険をもたらすおそれのある形で人工衛星やロケットを打ち上げる場合は、当該飛行情報区或いは航行警報区域を管轄する国の関係当局に対して事前通報を必ず行っている。他方、我が国は北朝鮮の飛行情報区に危険をもたらすおそれのある形で人工衛星やロケットを打ち上げたことがないため、そのための事前通報を北朝鮮に対し行ったことはない。我が国の人工衛星の打ち上げは、通常、種子島から東方に向かって行われる。
 先般、北朝鮮が発射したミサイルが我が国の飛行情報区及び我が国が調整者となっている航行警報区域に危険をもたらすものであることは明かである。かかる発射が事前通報なしに行われたことは、北朝鮮も締約国であるシカゴ条約及びIMO条約の目的から見て問題であることは以前にも申し上げたとおりである。

(問)ミサイル発射問題につき北朝鮮が声明を出して「(発射したのは)人工衛星である。事前通報が問題となっているようだが、過去、科学技術衛星を打ち上げる際にどこの国が事前通報をしたか」といった趣旨のことを言っていると伝えられる。コメント如何。

(報道官)人工衛星かどうかについてはいろいろ情報があるが、いまのところ防衛庁、関係省庁の分析では「人工衛星であった」という確証のある材料はない状況と理解している。事前通報の件だが、この問題をわが方が深刻に受けとめているのは、今回の北朝鮮による発射が事前通報もなく行われたもので、運搬手段の一部がわが国の上空を通過させた上で太平洋に落下させた点である。国際法上、公海の自由は他国の利益などに妥当な考慮を払って行使されなければならないことになっており、北朝鮮の今回の行為は他国の利益に妥当な考慮を払ったとは言い難い。国際民間航空条約(シカゴ条約)、国際海事機関(IMO)条約の目的から見ても問題があり、原則に反すると考える。この点は発射されたものがミサイルであれ衛星ロケットであれ同様であり、わが国の立場には変わりはない。
 わが国が人工衛星を打ち上げるときは、打ち上げ主体がシカゴ条約の付属書に基づき事前通報を行うこととしている。それに基づいて航空情報が発されるほか、海上保安庁を通じても航行警報が発出される。もう少し具体的に申し上げれば、宇宙開発事業団では原則として打ち上げの前々日15時までに打ち上げを決定し、通報先の関係者に通報する。それに基づいて海上警戒区域名ならびにロケットおよびその落下物、落下予想区域の情報が船舶および航空機に周知されるよう、事前に航空当局に通報する。海上保安庁の水路通報、無線航行警報等漁船無線局からの無線通信、ラジオ放送、航空路誌補足版などにより周知することとなっている。今年2月5日に種子島からロケットを打ち上げた際にも、海上保安庁が2月1日から航行警報を発信した。2月20日北太平洋にH2ロケットを打ち上げた際にも、2月15日から航行警報を発信したと理解している。従って、人工衛星の打ち上げという場合にも、今のような事前通報は行ってきていると理解している。

(問)これは条約の付属書により義務づけられていると考えてよいか。

(報道官)事前通報はシカゴ条約とか国際海事機関の条約に従う。例えば、国際民間航空機の安全を損なう恐れがある行為については、事前に関係国航空当局間で調整を行わねばならないとシカゴ条約付属書では定めている。付属書自体は法的拘束力を有するものではないが、締約国はこの付属書を尊重すべきものとされている。そういう意味でシカゴ条約に加盟する国としてはそうした通報をすべきものと考える。もしこのような規定(シカゴ条約付属書11-2・17「締約国が民間航空機の航行に危険を及ぼす恐れのある活動を行う際には、事前に関係国航空当局間で調整を行わねばならない」)をある締約国が受け入れない場合には、その規定を受け入れない旨の通報「相違通告」を行うことになっている。今回北朝鮮はこの通告を行っていないので、その意味でもこの規定との関係で問題があると考えている。

これで今回の件も説明できますね。
ロケットだろうとミサイルだろうと飛翔物体として単純に同じ条件が適用されます。 飛翔物体の発射を行なう周辺海域・空域にある船舶・航空機に対しても安全を徹底しなければならず、これについて日本は全ての国に属する船舶・航空機にあらゆる情報手段で事前通報を行なっていて、またそれは北朝鮮船舶・航空機に対しても同様です。

>>H-IIAロケット9号機による運輸多目的衛星新2号(MTSAT−2)の打上げに係る安全対策について [宇宙開発委員会]

II. 地上安全対策
(中略)
3.航空機及び船舶に対する事前通報
 打上げまでの期間においては、航空機及び船舶の航行の安全を確保するため、以下のとおり適切な時期に必要な情報が通報されている。

 事前に海上保安庁及び国土交通省航空局に対して打上げを行う旨の通報が行われ、船舶に対しては水路通報により、また、航空機に対してはノータムにより全世界を対象に情報が通知される。
 また、打上げ事項に変更があった場合は、速やかに関係機関へ通報がなされる。

一例を挙げれば上記のように、打ち上げを行なう際には事前に安全対策とその報告を行なっています。


また日本が北朝鮮当局に対し「直接」通報していないのはつまり北朝鮮当局の管理下にある空域・海域に飛翔物体を飛ばした事がないからです(ロケットでいえば種子島内之浦から北朝鮮とは正反対の東南方向に飛ばすわけですから当然ですね)。 そして他国の管轄下にある海域・空域に飛ばす場合は該当国当局に対し「必ず」事前通報のうえ調整を行なっているとのこと。 ちなみにあのイスラエルですら隣国に神経を使い、ロケットを打ち上げる際は自転に反し不利になるのを承知で西側に開けた海に向かって打ち上げを行なっています。 近年ロケット開発を進めている韓国は、日本の領土にかからないよう極軌道(簡単に言えば地球を縦回りする軌道)の打ち上げを行なうことを想定しています。 ところが北朝鮮は8年前、日本を飛び越えるコースで警告無しに「ロケット」あるいは「ミサイル」を飛ばして太平洋に落っことしたわけです。 これがいかに危険で挑発的な行為であるかは、上記のとおり言わずもがなです。

ちなみに朝鮮総連系の新聞は当時このように述べています。

共和国の国産人工衛星打ち上げ 「ミサイル」と歪曲し騒ぐ日本 事実、真実は何か [朝鮮新報]

米国の公式発表後は言うに事欠いて、「北朝鮮が日本列島を飛び越えるような運搬手段を持ったのが問題。人工衛星かどうかは本質的な問題ではない」(日本外務省幹部、9月15日)と、国際的に認められた権利を否定する暴論を吐くまでになった。 宇宙空間を開発、利用するための運搬手段であるロケット、探査・開発の手段である人工衛星は宇宙法の適用対象となる。その1つ、宇宙条約(67年発効)は第1条(「探査利用の自由」)で、「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用は、すべての国の利益のために、その経済的又は科学的発展の程度にかかわりなく行われるものであり、全人類に認められる活動分野である」と規定している。つまり、誰もが衛星やロケットなどの人工宇宙物を開発して自由に打ち上げ、科学探査調査活動を自由に行えることを保証している。前述の日本外務省幹部の発言は、この各国に認められた国際的な権利を否定するものであり、許し難い内政干渉である。

共和国がロケットを保持したことが日本にとって問題ならば、これまで68回の打ち上げを行い、米国、ロシアに並ぶ強力なH2ロケットを保持し、さらに新型のH3ロケット開発を行っている日本の現状をどのように説明するのか。では、中国も共和国と同様に問題になるというのだろうか。自家撞着もはなはだしい論理破綻をきたした発言だといわざるをえない。

例えば、折に触れて日本政府が持ち出す国際法だが、前述した宇宙条約第11条(「情報の提供・公表」)は以下のように指摘している。

「(条約締約国は)宇宙空間の平和的な探査及び利用における国際協力を促進するため、その活動の性質、実施状況、場所及び結果について、国際連合事務総長並びに公衆及び国際科学界に対し、実行可能な最大限度まで情報を提供することに同意する」

この文面から明らかなように、事前通告は義務化されていないのである。ただ、時期を明らかにせず、人工衛星打ち上げの目的、状況などについて国際社会に説明することを求めているだけだ。

これに基づいて、共和国は衛星が軌道に乗ったのを確認した後に、打ち上げ地点、衛星の軌道、運搬ロケットの分離と落下地点、回転周期と回転数など詳細な資料を公式に発表した。また、宇宙の平和的利用であることを明白にした国連駐在朝鮮常任代表部の声明(9月17日付)を発表し、声明は国連安保理の公式文書「S/1998/866号」として各国に配布された。

このように、共和国の対応は徹頭徹尾、国際法に基づいた公明正大なものなのであり、日本政府からあれこれと難癖をつけられる根拠はまったくない。

以上のとおり、いつも通りの典型的な北朝鮮流の詭弁でありますが、いくら朝鮮系の新聞とはいえこの厚顔無恥っぷりには唖然としますね。 理念を謳った宇宙条約を持ち出して権利ばかりは一丁前に主張しますが、先ほど列挙した船舶・航空機の安全に関する各種国際法は完全にスルー。 公海上では四六時中船や飛行機が行き交っているわけで、ロケットだろうとミサイルだろうと、それを取り扱う以上は安全に対する配慮を怠ってはなりません。 花火にだってその程度の注意書きは書いてありますよ。 もっとも、テポドンが何を積んでいようと北朝鮮がノドン・テポドンをはじめ多数のミサイルを配備している事は先の乱射により今や疑いようの無い事実であり、このようなはぐらかしはもはや通用しないでしょうが。 まして日本におきましては、H-II系やM-V系など古今にわたり全て純然たる宇宙ロケットとして運用しており、北朝鮮のように危険かつ無責任で杜撰な運用はいたしておりませんので将軍様にはどうかご安心頂きたいですね。 あと、H-II系ロケットがミサイルになりようが無いのはこちらに書いたとおりです


ちなみに、ミサイル発射それ自体は国際法に反するわけではありません。 一切の事前通告無しに周辺地域を脅かす形で行なわれた北朝鮮によるミサイル発射実験が安全のための国際法に違反し、また北朝鮮によるミサイル発射は日朝平壌宣言などの国家間の取り決めを逸脱する行為であるという事です。 日本政府のこの主張は一貫しています。
これに関連して、ICAOからは北朝鮮に対し「アサド・コタイテICAO理事会議長より北朝鮮航空局長宛に、今回のミサイル発射が引き起こした航空の安全に対する危険を指摘し、シカゴ条約(参考3.)及びその附属書の遵守を要請する書簡が発出され」、また、先の国連における全会一致の北朝鮮非難決議では北朝鮮が、適切な事前通報を行わなかったことによって民間航空及び海運に危険を生じさせたことについて、更なる懸念を表明』と明記されました。

まとめますと、

  • 日本は安全に関する国際法を遵守し、自国の管轄圏において全ての船舶・航空機に対し事前通報を行なっている
  • 他国の管轄圏に及ぶ場合は該当国当局に必ず事前通報と調整を行なっている
  • 今回の北朝鮮によるミサイル発射においては周辺国・海域・空域いずれにおいても一部の北朝鮮船舶を除いて一切の事前通報がなされなかった
  • 一般船舶・旅客機が行き交う公海上に何の警告も無くミサイルが打ち込まれた事は、北朝鮮による明確な危険行為であり、国際法違反である
  • 同時に、ミサイル開発凍結を明記した日朝平壌宣言にも反する