月面に謎の穴を見付けた人の話

ISASメールマガジン 第267号 [ISAS/JAXA]

妙に濃い内容になっています。

★01:SELENE(かぐや)搭載カメラによる月面の縦穴発見 〜月面下の溶岩チューブ(溶岩トンネル)存在の可能性〜 その裏話

 「日置(ひおき)が変なものを見つけたようですよ」
と、SELENE(かぐや)搭載地形カメラの数値地形モデルデータ処理を担ってくれているNTTデータCCS社の原さんが私の携帯電話に知らせてきた。解析室に行ってみると、明らかに周りのクレータとは違う黒々とした孔がモニタ画面に映し出されている。
「太陽高度は42°です」
と、日置さんが言う。そんなに高い太陽高度で底が見えない孔とは!
「あっ。溶岩チューブ(溶岩トンネル)の上に開いた孔ですね。(遂に見つけた!)」

どうやらあの穴は日置さんというスタッフが最初に見付けたようです。膨大なデータの中からあの小さな黒い点を見付け出すというのも気が遠くなる話ですが、昔NASAのルナ・オービターが撮影した高解像度の画像のエリアからほんの数百メートル離れた位置だったそうです。

ところで、縦穴を発見したものの、それを如何に発表するかが問題だった。単に見つけた、では、歴史に残らない。我々は発見をきちんとした科学論文として残す必要がある。そうしなければ、誰も日本/SELENEによる発見、ということが後世の論文で引用されることなく、したがって思い出されることなく、やがて歴史の中にうやむやになりかねない。そして、そのとき打ち上げが近づいていた米国探査機 Lunar Reconnaissance Orbiter(LRO)に搭載さている超高解像度(最高50cm!)カメラによって詳細観測されてしまえば、米国が発見したということで歴史に認知されてしまうこともありうる。我々は、LROとの競争であった。

Science誌、Nature誌に掲載されるかどうかは、他の科学分野論文との競争でもある。探査などで単に「発見した」「見た」というだけの論文だけでは載せてくれない。簡単には、同業研究者のレビューにさえ回してももらえないのだ。

毎日、宇宙関係のニュースを見るとき、「米国LRO、月地下に巨大な溶岩チューブを発見」という記事が出てないか、びくびくしながら見たのを思い出す。一刻の猶予もない。Science、Natureへの投稿という賭は止めて、公表の早いGeophysical Research Letters(GRL)誌に投稿することにした。しかし、GRL誌も甘くない。その頃、私が共著となっていた論文でGRL誌に投稿したものが、厳しいレビュアーにあたり、一旦取り下げ再投稿の羽目に陥っていた。しかし、科学論文雑誌として評価がきちんとあり(インパクトファクターが高く)、何より早い査読のGRL誌以外に解は無かった。

LROの追い上げをかなり警戒していたと。高分解能のLROCは観測幅が狭いので簡単には見付けられないでしょうし太陽高度などの観測条件もありましたが、なんとか先に形にして論文掲載にこぎ着けたそうです。当然この穴は今後LROの観測対象になるでしょうが、物事の発見というのは早い者勝ちな所があります。まして今回の発見は今後の月面探査計画においても重要な要素になり得るだけにインパクトの大きなものだったと思います。