「はやぶさ」はいかにして危機を乗り越えたのか?プロジェクトマネージャーJAXA川口教授に聞く(前編) [Enterprise Zine]

 こうした話をすると、ちゃんとプロジェクトマネジメントできているようですが、残念ながら違います。これらのリスクは総点検の「外」なんです。バイパス接続による運転は“空焚き”を起こすのでNGとされていて、本来は対応策としては正しくないんですよ。それでもやるしかなかったし、結果としてうまくいったと。もう「ラッキーだった」「神様のおかげ」としか言いようがないんです。もちろん、神頼みができるくらい自分たちは最善を尽くしたと思えるし、その根性を出し尽くした上にこそ、幸運が降りてくるのだと実感しましたね。

確かにスラスタAはイオン源から、また電圧リミット取っ払ったスラスタBは中和機からキセノンガスそのまま噴きながら運転してましたから(軽量化でバルブを共通にしたため)、かなりムチャな運用には違いありませんでした。バイパス回路は「こんなこともあろうかと」用意していたものですが、ぶっつけ本番ですしね。

 この時、最も意識したのが「救える可能性がある」ことを内外に発信することです。推定される状況から論理的に救出できる確率を導き出し、JAXAの理事会でプロジェクトの継続を訴えたのです。そして内部に対しては復旧成功の確率を示しつつ、必要と思われる作業を洗い出して10ほどのタスクに分け、実際に対応するメンバーがどう解決するか話し合っていきました。もうここではあえて意図的にどんどんアクションを指示しました。

 指示をすればするほど解決策は出てくるし、現実味をおびるほどメンバーが希望を取り戻していくのが分かるんですね。救出の可能性を漠としたまま闇雲に取り組ませるのではなく、救出できる可能性を明らかに示すことで前向きにタスクに取り組めるようにしたわけです。

 会議には復旧とは直接関係のないメンバーも顔を出すなど、誰もが救出チームの動向に関心をもち、何か貢献できないかと考えているような空気が常にありましたね。情報共有がメンバーの心をまとめ、メンバーの意志が適切な情報共有を実現していたのだと思います。

あんな絶望的な状況下でよくモチベーションを維持しましたよね。あえて積極的に仕事を割り振る事で集中力を高めたようです。

「はやぶさ」はいかにして危機を乗り越えたのか?プロジェクトマネージャーJAXA川口教授に聞く(後編) [Enterprise Zine]

― 宇宙開発予算に対する外部からのシビアな目や「事業仕分け」に象徴される連日のメディアの報道など、当初からすべて好意的というわけではないなか、モチベーションが下がることはなかったのでしょうか。

 ええ、まったく(笑)。メディアによって皆さんに知っていただけるのはありがたいことですが、私たちのミッションは“世界初”という誰が見ても明らかな絶対的価値をもっており、それを私たちは信じていましたから、評価される前も後もまったく取り組みの姿勢に変化はありません。科学技術という絶対評価尺度において、これほど確かでオリジナリティのある目標を疑う必要がどこにあるでしょう。

凄い確信。

 どうして世界一でなくてはならないのだと仕分け対象になり、帰還した途端に大騒ぎになって予算復活となりました。メディアも政治家も、自分たちの国が行なっている国家的プロジェクトに対して、何をやっているのか、どういう価値があるのか、価値・意義を判断できていない。つまり、絶対評価尺度をもっていないというわけです。そうなれば、価値観もポリシーもなく他者の反応や評価で判断が揺らぐのは当然です。

 絶対評価尺度があれば、他者からの評価に動じずに、ポリシーに基づいた判断や行動がとれるはずです。特にリーダーが揺らぐことがなければ、チームは安定し、対外的にも理解を得られるのではないでしょうか。一人の人間としてはもちろん、組織や国としての信頼にもつながっていくのではないかと思います。

いやもうほんと、全くです。