小惑星イトカワの真の姿を明らかに 〜「はやぶさ」サンプルの初期分析結果〜 [JAXA]

非常によく纏まっていてとても面白い記事です。

キュレーション設備は2005年度から3年かけて作られ、2007年度に完成しました。そして、2008年度に機能試験、2009年度に運用リハーサルを行い、いよいよ「はやぶさ」が帰還するという段階になって、マイクロマニピュレータを導入することができました。当初はマイクロマニピュレータの導入は考えていませんでしたが、「はやぶさ」のサンプル採取の状況から、サンプルが採れていたとしても極めて小さいものだと推測されたので、やはりマイクロマニピュレータが必要だということになったのです。このマイクロマニピュレータも特別な仕様で、クリーンチャンバーの高純度の窒素環境を汚染しないように、ほぼオイルフリーで潤滑油などを使わなくても滑らかに動くよう工夫されています。このような装置を作るのは初めてで大変でしたが、各界のメーカーの方たちが助けてくださったおかげで、導入を決めて約半年後にはできあがりました。もしマイクロマニピュレータを導入していなければ、イトカワの微粒子の回収はきわめて困難だったと思います。

藤村先生の記事。サンプルのピックアップに欠かせないキュレーション設備ですが、微粒子に対応しているのは世界でもここだけ。マニピュレータ導入を決めたのは慧眼でしたね。現在までに約200個のサンプルをカタログ化したそうです。そのサンプルも一様ではなく、想定を覆す発見も出ており、今後の詳細な分析でより深いところに理解が進みそうです。

はやぶさ」が帰還するまでに何度もイトカワの微粒子の分析方法を確認し、練習を繰り返して万全の体制で臨みました。しっかり準備をしていたので、確実にデータが取れましたし、思ったような成果を出すこともできました。分析における技術的な苦労はなかったと思います。なぜなら、今回分析した微粒子の大きさは50〜100μm(1μm=0.001mm)あり、私たちが予想していたよりも大きかったからです。「はやぶさ」がサンプルを採取した時の状況から、イトカワの微粒子が地球に持ち帰られたとしても、その大きさは10μm以下だろうと想定し、それくらい小さいものでも分析できるよう準備をしていたのです。イトカワの微粒子の大きさは、私がこれまで研究してきた宇宙のチリと同じかそれよりも少し大きいくらいなので、分析には全く問題はありませんでした。とはいえ、最初にとてもきれいなデータが出た時には感動して、研究室のみんなで大喜びをしました。

とても反応があって、特に海外の研究者から「よくやった。おめでとう」「素晴らしい成果だ」という賞賛の言葉をたくさんいただきました。これまで研究者の間では「普通コンドライト隕石は、おそらくイトカワのようなS型と呼ばれる小惑星から飛んできたのだろう」と考えられていました。研究者はその仮説に沿って自分たちのストーリーを作っていましたが、今回の初期分析によってその根幹の部分が100%確実なものとなり、「確かに飛んできた」と断言できるようになったことで、皆安心したようです。

KEKで分析にあたった中村先生。論文執筆中に震災にも遭われましたが、無事成果を発表できて何よりですね。仮定であった起源を証明できたということはそれだけで研究全体を一歩前進させたことになりますからとても重要なことであろうと思います。

氷河や南極にある古い氷の酸素同位体を調べると、過去の気温が分かるといわれ分析が行われていますが、この分析方法では耳かき2〜3杯のサンプルが必要です。でも「はやぶさ」が持ち帰ったサンプルは微少量でしたので、独自の方法で行いました。イトカワの微粒子に、酸素ではない別の原子をぶつけて穴をあけ、掘り返されてはじき飛ばされた原子を重さごとに分けて個数を測り、3種類の酸素がどういう割合で含まれるかを調べる方法です。
具体的には、同位体顕微鏡という装置を使って行いますが、まずは、酸素をイオン化させやすくするために、セシウム原子を秒速約500kmで微粒子にぶつけます。すると、分析が終わる頃には直径が10μm(1μm =0.001mm)で深さが1μmくらいの穴が開きます。酸素原子はイオン化して電気を帯びればプラスやマイナスの電極に反応して動くので、それを電気で吸い寄せます。そして磁石の中を通すと、原子は磁石のN極とS極の間の空間を回り始めます。軽い原子は回っている円の半径が小さく、重い原子は半径が大きいという具合に回る場所が変わるので、3種類の酸素を見分けることができます。こうして重量によって分けた酸素の原子、つまり、酸素-16、酸素-17、酸素-18の酸素同位体の数を数えて、その比率を出しました。

私が想像をしていた以上にみなさん喜んで、とても祝福してくれました。これまで私は隕石の研究を行ってきましたが、小惑星の研究者との交流はあまりありませんでした。小惑星を研究している人は望遠鏡を使うので天文学者ですが、隕石の研究者は望遠鏡を使わないので天文学者ではありません。でも論文発表後にパリで行われた小惑星に関する学会に呼ばれて行くと、「イトカワを測った人だ」と紹介してくれて、その時に会場で「オーッ」という歓声があがりました。隕石の分野だけでなく、天文分野の方たちからもすごく注目されているのを感じましたね。

北海道大学同位体顕微鏡を用いた分析を行った圦本先生。画像がありますが凄いですね。スライスされた数十μmの微粒子に更に10μmの穴を穿ってそこから酸素原子を取り出したとか。サンプル分析を通して隕石研究と小惑星研究が連携した研究が加速しそうです。

私たちは地球に落下した何万という隕石を手にしていますが、隕石は小惑星から飛来してきたものの、小惑星の表面で起こっていることはほとんど何も語ってくれません。隕石は地球大気圏に再突入してきたほど硬いものですから、細かいチリが堆積した小惑星の表面のことは残っていないのです。太陽系が誕生してからの約46億年間、小惑星では小天体との衝突や宇宙風化作用などさまざまな現象が起こってきましたが、これら太陽系初期からの情報はすべて小惑星の表面からしか得られません。また、イトカワの微粒子にはほかの小天体から降ってきたものが含まれている可能性もあり、イトカワとは異なる種類の小惑星のことも分かるかもしれません。これまでの隕石の研究で多くのことが分かりましたが、イトカワの微粒子からはさらに多くのことが分かるでしょう。

2010年6月のオーストラリアでのカプセル回収は、これまで経験した中で最もエキサイティングなことでした。夜、大気圏に再突入した「はやぶさ」が赤く光っていたのがとても印象的でした。私は「スターダスト」のカプセル回収チームの一員でしたが、「はやぶさ」の方がより優れた回収オペレーションをしていました。でも、回収チームのみんながこの日までにどれほどの準備を重ねてきたかを私は知っています。彼らは何が起こっても対処できるようにしていましたが、幸運にも何も悪いことは起きませんでした。すべてうまくいったのは、チームの皆が慎重に計画を立てて、それを実行したおかげだと思います。
また、カプセルの中のサンプルを採取するチームはサンプルが小さいことを予測して、微粒子を扱う研究を何年も行ってきました。非常に小さいサンプルを空気に触れることなく、また紛失することなく取り扱うために、彼らはまったく新しい技術を発明したのです。これは本当に素晴らしいことだと思います。今こうしてイトカワのサンプルを分析できるのは、みんながしっかり準備をしてきたからですが、その一端を担えたことはとても幸運です。

2014年に打ち上げが予定されている日本の「はやぶさ2」も有機物のサンプルリターンを目的としていますので、アメリカと日本の研究者たちは、ミッションを成功させるためにディスカッションをしています。こういった交流はとても大切なことで、失敗についても同じことが言えます。実は、彗星探査機「スターダスト」はサンプルの取り扱いで失敗をしましたが、その経験を「はやぶさ」に生かすようにしました。自分のミッションで何か間違いをおかした場合、それを他のミッションの関係者に、「こんな間違いをしてしまった。同じ間違いをしないように」と伝えることはとても重要なことです。でもそれは、これまでなかなかできませんでした。「はやぶさ」を通して築いてきた日本の研究者たちとの関係を、ぜひ将来のミッションにも役立てたいと思います。

SPring8で分析にあたっているNASAのゾレンスキー先生。スターダストの実績からカプセル回収にも参加されている方です。回収されたサンプルは微粒子でしたが、そのことが逆に精細な分析に繋がっているところもありますね。今回「はやぶさ」に携わった経験を今後のNASAの探査ミッションにもフィードバックさせていくそうです。小惑星探査では一種の競争関係になってますが、同時に持ちつ持たれつでもあるのは対等な関係であることの現れですね。